マシュー・マッケイ,ジェフリー・C・ウッド,ジェフリー・ブラントリー(著)、遊佐安一郎,荒井まゆみ(訳) 『弁証法的行動療法 実践トレーニングブック ―自分の感情とよりうまくつきあってゆくために―』、2011年、星和書店

弁証法的行動療法(以下、DBT)のセルフヘルプ本である。
自分の感情に苦しまないようにするスキルを身につけるためのエクササイズが大量に掲載されている。
単なるエクササイズ集ではなく、理論的な説明がしっかりなされている。
文章は極めて分かりやすいもので、ストーリー形式の具体例を混じえた丁寧な説明がなされている。

弁証法的行動療法は境界性パーソナリティ障害向けの心理療法だが、本書を読んでみるとそれに特化しているという印象はあまり受けない。
「自分の感情に苦しまないようにする」ことが一貫して目指されており、その意味で、別に精神疾患にかかってない人にも一般的に通用する内容だと思った。

「弁証法的」の言葉の意味は、「自分の行動を変化させること」と「価値判断せずに自分自身を受け入れること」を両方やっていくということだ。

後者を実現するため、DBTはマインドフルネスを中核に据えている。
本書においてマインドフルネスとは、「自分自身のことや、自分の経験について価値判断したり、比較したり、批判したりせずに、今、このときにおける自分の思考、感情、身体的感覚、および行動をありのままにとらえるための能力」(p.112)だ。
何かについて価値判断をすると、つらい感情が生まれてしまうことがある。
だからDBTでは、価値判断するのをやめて、人も物事も思考も感情もありのままに捉えようとする(これを「徹底的受容」という)。
人は価値判断しまくりながら日常生活を送っているため、価値判断をせずに物事をありのままに受け入れるには、普段と全く異なる頭の使い方をしなければならない。
これはかなり難しいし、だからこそ本書ではたくさんのエクササイズが紹介されている。
例えば、自分が一日に行った価値判断をメモして自覚する練習などがある。

本書はマインドフルネス・スキルの他に、苦悩耐性スキル、感情調節スキル、対人関係スキルの獲得を目指している。
スキルを身につけるためのそれぞれのエクササイズは、ワークシートに書き込むもの、数分かけて頭の中で行うもの、一日を通して取り組むもの、週単位で取り組むものなどいろいろある。
各エクササイズは手間も時間もかかるが、そんなにたいへんな感じはしない。
エクササイズでは普段とは異なる頭の使い方をすることになるので、新鮮味があっておもしろく感じる。
また、理論的背景がしっかりしているので、各エクササイズの意味と相互の関連性を理解しながら進めることができる。

この本の問題は、実際にどういう風にエクササイズを進めていったらいいのかがよく分からないことだ。
各スキルの各エクササイズをどういう順番でどれくらいの回数・期間やっていったら効果的なのか、という指針がない。
最終章にスキルの実践方法が少しだけ書いてあるが、あまりに不十分だ。
仮説レベルで構わないから、こういう風にやってみてはどうかというようなガイドを示してほしかった。

まだエクササイズを始めて3週間だが、この本から得られるものは実に多いと感じる。
たくさん売れるタイプの本ではないが、たいへん良書だと思う。